会社員の田中さん(28歳・男性)は、数ヶ月前から頭皮に猛烈なかゆみとフケ、そして抜け毛の増加に悩まされていた。きっかけは、半年ほど前に始めたブリーチだった。最初は頭皮が少しピリピリする程度だったが、回数を重ねるうちに、かゆみは我慢できないほどになり、頭皮には赤い湿疹やじゅくじゅくとしたかさぶたまでできるようになった。心配になって皮膚科を受診した彼に下された診断は、「接触性皮膚炎」。原因は、ブリーチ剤による化学的な刺激だった。医師によると、ブリーチ剤に含まれるアルカリ剤や過酸化水素は、皮膚のバリア機能を破壊し、強い炎症を引き起こすことがあるという。田中さんのように、アレルギー体質でなかったり、最初は問題がなかったりしても、繰り返し刺激に晒されることで、ある日突然、アレルギー反応や刺激性の皮膚炎を発症するケースは少なくない。問題は、この頭皮の炎症が脱毛に直結することだ。健康な髪は、健康な頭皮という畑から生えてくる。その畑が炎症で荒れ果ててしまえば、髪は正常に成長することができず、栄養不足で細くなったり、成長途中で抜け落ちてしまったりする。これを「炎症性脱毛」と呼ぶ。田中さんの場合も、頭皮全体に炎症が広がっており、それが抜け毛の直接的な原因となっていた。治療は、まず原因であるブリーチを直ちに中止することから始まった。そして、炎症を抑えるためのステロイド外用薬と、かゆみを和らげるための抗ヒスタミン薬の内服が処方された。幸い、田中さんの脱毛は毛根自体が死滅したものではなかったため、医師の指導のもとで適切な治療と頭皮ケアを続けた結果、三ヶ月ほどで炎症は治まり、徐々に抜け毛も減っていったという。この経験は、ヘアカラーのおしゃれの裏には、深刻な健康リスクが潜んでいることを物語っている。頭皮からの小さなサインを見逃さず、異常を感じたらすぐに専門医に相談する勇気が、髪を守るためには不可欠なのだ。